youth
僕らが一つの細胞だったら、僕らが一つの個体だったら、天変地異が起きたとしても二つは一つのままだったのに。
例え世界に何がおきても、生きることも死ぬことも全てすべて何もかも、こんなにも苦しむことはなかったのに。
空には煩わしいくらいに青が広がって、気味の悪いくらいの綺麗な綿雲。当たり前のようにそれらは過ぎ去って、留まる僕らを笑っていく。
二人で一つに成るために頼りない指先を必死に繋いで、僕らは別々の個体のまま生きている。
渇いた音が世界に響いて、そこら中に真っ黒な霧が広がった。それが恋だということを、僕らは知らずに生きていた。
「水谷、」
そう呼んだ声がいつにも増して切なさを含んでいるのに気付いて、どうしようもないまま繋いだ手を握った。
微かに汗ばんだ指の先から少しずつ鼓動が伝わって、お互いの呼吸が成り立っているのに何故だか息苦しくてしょうがない。
太陽がチリチリと僕らを焦がして、無情にも時間だけが過ぎていく。首筋を伝う汗が鬱陶しくて、余計に猛暑を強調する。
「…栄口、汗が、」
俺がそう言ったのと同時に涙に濡れた瞳がゆっくりゆっくりとこちらを向いて、そこに映った自分の顔がいつも以上に情けなくて笑えなかった。
渇いた喉がヒュウと音を立てて、それを見た栄口は小さく笑う。その顔は、俺の嫌いな栄口の顔だ。
だってあれは、俺を傷付けるときの表情で、だから俺はこの顔を見る度に体が震えてしまうようになった。指先が強張って、冷たくなった。
栄口はそれを知っていて、その上で俺を傷付ける言葉を使用していた。俺が傷付いているのを見ては、楽しそうに嬉しそうに栄口は笑う。
優しい優しい栄口くんは、俺の前でだけは豹変した。それは俺だけが特別のようで、嬉しかったけれど恐かった。
いつかその目に殺されてしまう。指先が伸びてきて俺の首を絞める。その指先で呼吸を遮られ、彼の腕の中に倒れ込んで眠って。
「…そんな顔、しないで?」
笑う栄口は、酷く優しい。俺の心の奥底を見抜いて、欲しい言葉を欲しいだけくれる。
ばかな俺は与えられた言葉を鵜呑みにして、俺は栄口に依存してしまった。
栄口無しでは生きられないような、そんな生物に成ってしまった。栄口はそんなばかな俺を見て、心底楽しそうに嬉しそうに笑う。
それから俺は繋いだ指先を強く握って、縋るように栄口の首へと腕を回す。小さく名前を呼べば口の中で熱い舌が暴れた。
好き勝手に俺の口内を犯した後、栄口はとても満足そうに笑って、それはそれは綺麗な顔で好きだよと俺にそう言った。
「…さか、えぐち…っ…」
俺も好きだよ、栄口だけ、世界中で俺には栄口しかいない。だって他には何も要らない。だからお願い、この指先は絶対に絶対に離したりしないで。
喉まで出かかった言葉の渦を飲み込んで、俺も好き、と小さく答えた。栄口の瞳には光が浮かんで、ひゅうっと風が吹いた後ジンジンと頬が鈍く痛んだ。
ああ、また殴られたのか。そう理解するのに、今は昔よりも時間がかからない。赤く腫れ上がっていく頬に指を這わせて、栄口は微かに顔を歪めた。
「…っみ、ずたに…ごめん…。」
そろり、と撫でられた頬が悲鳴をあげるように痛みを伝えて、けれど脳はそれを快感だと受け取って信号を流す。身体が奥から疼いて熱くなる。
痛みを増していく頬の感覚にも、目の前で笑う栄口にも、少しばかり俺は慣れすぎてしまった。この痛みすらすでに、苦痛ではなかった。
彼に愛されるなら、この指先が離れないなら、それぐらい何とも思わなかった。むしろ俺は彼の其れすらを、愛しいとそう思っていた。
「栄口…っ好き…。」
そう告げた俺にキスをした栄口は、顔を上げた途端泣き出しそうになって、殴ったばかりの俺の頬をそっと撫でながら舌を這わした。
その光景を俺は至近距離からまじまじと見つめて、静かに目を閉じて笑ってあげた。こうしているとまるで世界に二人だけの様に錯覚してしまう。
繋いだ指先の温度を頼りに、彼の舌を口に含んだ。混ざり合った唾液をこくりと飲み込んで、薄く目を開けながら息を吐く。
溶けそうなほどに暑い夏の日、僕らは一日中そうして抱き合って、一つの細胞を願いながら泣いた。
fin,